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【京都市 東山区】「豊臣秀吉」公と「ねね」様が親しんだ庭園を持つ「圓徳院」





「圓徳院」は、
「豊臣秀吉」公の死後、正室「ねね」様が住まわれた邸宅が、
お寺になった寺院。


建物と庭は、
「豊臣秀吉」公と「ねね」様が親しんだ、
「伏見城」の「化粧御殿」と「庭」を移築したもの。


現在も、「ねね」様が親しんだ庭が綺麗に維持され、
眺めることができるようになっています。



「圓徳院」は「愛犬同伴NG」


「圓徳院」は、
残念ながら「愛犬同伴NG」となっています。


寒い季節には、
「高台寺」の駐車場に停めて、車で留守番という手段が使えますが、
「春」「秋」の日差しがある時は、
おすすめできません。


屋根付きの駐車場を探して、そこに駐車して、
車でお留守番させるのも一つの方法。


我が家の場合は、
愛犬同伴の「京都」への旅行は、「冬限定」にしています。


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「圓徳院」とは



「圓徳院(えんとくいん)」は、
「京都市東山区」にある臨済宗建仁寺派「高台寺」の「塔頭(たっちゅう)」のひとつ。


「塔頭(たっちゅう)」というのは、
大きなお寺で修行した弟子たちが、協力していくために、
その近くに作ったお寺のことをいう。



戦国武将の1人「豊臣秀吉」の正室「ねね」様が、
77歳で没するまでの、晩年の19年間を過ごしたことで知られる「圓徳院(えんとくいん)」。
「ねね」様の正式名は、「高台院(こうだいいん)」で、
一般的な通称は、「北政所(きたのまんどころ)」。
「ねね」様は、「豊臣秀吉」公との間での呼び名で、手紙でも確認されているそう。
「おね」「ねい」という記述もある。

「ねね」様がお住まいの時には、
多くの「大名」「禅僧」「文化人」が、「ねね」様を慕い、訪れ、交流の場としての一面も持っていたそうです。



「圓徳院」の建物は、
「豊臣秀吉」と「ねね」の思い出が多い、「伏見城」の「化粧御殿」と「庭」を移築し、
邸宅として利用されていたそうです。
「ねね」様が、「圓徳院」にお住まいになったのは、
「豊臣秀吉」公のの「菩提寺(お墓のあるお寺)」として建立した「高台寺」に通うため。





「圓徳院」として、お寺になったのは、
「ねね」様が亡くなった後に、
「ねね」様の甥にあたる備中国足守藩主「木下利房」が、
邸宅をお寺へと改めて創建されたことによる。
「圓徳院」の名前は、利房の院号「圓德院」をそのまま寺号としたもの。



高台寺の塔頭寺院「圓徳院」には、
現在も、「ねね」様が眺めた美しい庭園を眺めることができる貴重な歴史資産。


安置されている「三面大黒天」は、
「豊臣秀吉」公の「念持仏」として伝わるもの。


「小堀遠州」が整えた「北庭」は、
「旧円徳院庭園(きゅう えんとくいん ていえん)」として、
国の「名勝」に指定されている。
他にも、
「長谷川等伯」の筆による「襖32面」の「墨画」も、国の「重要文化財」に指定されている。


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「伏見城」とは


歴史上に出てくる「伏見城」は、
現在、現存しているお城はありません。


「伏見桃山城」は、
1964年(昭和34年)に、「伏見城」を模して鉄筋コンクリート製の「模擬天守」として建設され、
周囲には、「伏見桃山キャッスルランド」というテーマパークが作られ、人気となったそうです。
「伏見桃山キャッスルランド」は、2003年二閉鎖し、現在は、京都市が運営する「運動公園」として利用されている。

「模擬天守」は、
地元の人たちの要望で、現在も残っている。
現在の「伏見桃山城」は、歴史上の「伏見城」とは、
まったく関連性がない「模擬天守」となっています。



歴史上の「伏見城」は、
下記のような歴史となっています。

「伏見城」は、歴史上では、
3度建設されているそうです。

・1代目 伏見城「指月伏見城」 = 1596年(文禄5年)に完成して年に「慶長伏見地震」で倒壊
・2代目 伏見城「木幡伏見城」 = 1600年に戦により炎上・消失
・3代目 伏見城「木幡伏見城」 = 1619年(元和5年)「一国一城」の制により「廃城」が決定

という歴史的経緯があります。
最終的には、「廃城」されたことで、
他の場所に、移築されて残っている一部を見ることができます。
現存していれば、立派な城だったことが伺えます。







1代目 伏見城「指月伏見城」

1代目 伏見城「指月伏見城」は、
「豊臣秀吉」が最初に作った「伏見城」で、「初代伏見城」。
1596年(文禄5年)に完成したが、
その年の「慶長伏見地震」で倒壊してしまう。
跡地は、不明だったが、
建設工事により、「遺構」が発見され、
現在でも、「石垣」の一部が、マンション横に展示されている。

Address : 〒612-8034 京都府京都市伏見区桃山町泰長老126−27
「豊臣秀吉」が最初に作った「伏見城」の跡。


2代目 伏見城「木幡伏見城」

2代目 伏見城「木幡伏見城」は、
初代伏見城「指月伏見城」が倒壊(1596年)した翌年(1597年)から、
「指月伏見城」の北西約1kmにある「木幡山」に、更に大規模な城として建設が開始された。
現在「木幡伏見城の本丸跡」は、「明治天皇 伏見桃山陵」となっている。

1598年に「豊臣秀吉」が亡くなった後、
「徳川家康」が城主となった。

1600年(慶長5年)「関ケ原の戦い」の前哨戦で、
「木幡伏見城」は、「徳川家康」と「西軍」の「戦場」となり、
「落城」してしまった結果、炎上・消失してしまった。

この際に、残った城の一部を
他のお寺などに寄贈・移築をした歴史があり、
「豊臣秀吉」公の正室「ねね」様の居宅となった「圓徳院」へも一部移築された経緯がここにあります。


3代目 伏見城「木幡伏見城」

3代目 伏見城「木幡伏見城」は、
1602年(慶長7年)に、「徳川家康」によって、同じ場所に再建された。
「徳川家康」は、朝廷からの「将軍宣下」を、「木幡伏見城」で受けたが、
1619年(元和5年)に、「一国一城」の制が下り、
3代目 伏見城「木幡伏見城」は、「廃城」が決定した。


3代目 伏見城「木幡伏見城」の建築物や石垣は、
色々な場所で転用され、
京都では、「御香宮神社」「豊国神社」「西本願寺の唐門」などに使用されたとのこと。


そして、「明治天皇」の「崩御」に伴い、「明治天皇 伏見桃山陵」となった。




Address : 〒612-0831 京都府京都市伏見区桃山町古城山
3代目 伏見城「木幡伏見城」の跡地。
Address : 〒612-8039 京都府京都市伏見区御香宮門前町174
「徳川家康」が造った「伏見城」の移築した「大手門」がある。
Address : 〒605-0825 京都府京都市東山区高台 寺下河原町530
Address : 〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町530
Address : 〒600-8501 京都府京都市下京区本願寺門前町 堀川通花屋町下る


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「豊臣秀吉」公と「ねね」様のゆかりの「旅スポット」


「京都」には、
「豊臣秀吉」公にゆかりのある場所が多くあります。

代表的な「豊臣秀吉」公にゆかりのある場所は、
「豊臣秀吉」公が祀られている「豊国神社」。



あまり知られていませんが、
「豊臣秀吉」公のお墓「豊国廟(とよくにびょう)」も、「京都市内」にあります。


明治時代に、お墓の修繕をするときには、
「豊臣秀吉」公のミイラ化したご遺体が確認されていたそうです。



形見として分けられた「豊臣秀吉」公の歯も、
「豊国神社」で見ることができるそう。
「豊国神社」の「宝物館」には、
「豊臣家」や「秀吉」公に関する「名品・珍宝」がたくさん収められ、展示されているそうです。





「豊臣秀吉」公を祀る神社

Address : 〒605-0931 京都府京都市東山区茶屋町530


「豊臣秀吉」公のお墓

Address : 〒605-0924 京都府京都市東山区今熊野阿弥陀ケ峯町


「ねね」様が「豊臣秀吉」公の菩提を弔うために建てたお寺

Address : 〒605-0825 京都府京都市東山区下河原町526


「豊臣秀吉」公の正室「ねね」様が住まわれた最後のお住まい

Address : 〒605-0825 京都府京都市東山区高台 寺下河原町530


「豊臣秀吉」公が自ら作庭した「醍醐三宝院の庭園」

Address : 〒601-1325 京都府京都市伏見区醍醐東大路町22
Address : 〒601-1325 京都府京都市伏見区醍醐東大路町
「豊臣秀吉」公が自ら作庭した「庭園」。


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「圓徳院」近くのお蕎麦屋さん「波ぎ茶寮」



店内は、風情のある日本的なインテリア。
庭を眺めながら、食事ができるお蕎麦屋さん「波ぎ茶寮」。


京都らしい雰囲気で、
お蕎麦を楽しめるので、
居心地が良いお店でした。
「お蕎麦」「天ぷら」の盛り付けも綺麗。
空いている夕方ぐらいの時間帯がおすすめ。



賑やかな「ねねの道」沿いにあるお店ですが、
観光客で賑わっている雰囲気は、
全く感じない店内。


観光で疲れた後に、一休みするのにちょうど良いお店かもしれません。


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