旅メモ
旅メモ【日本編】





【岡山県】「桃太郎」のモデルとなった人物を祀る「吉備津彦神社」

【岡山県】
「桃太郎」のモデルとなった人物を祀る
「吉備津彦神社」





Address : 〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043



「桃太郎」のモデルとなった人物を祀る「吉備津彦神社」。
「645年」の「大化の改新」により、
「吉備の国」が「3分割」された時に、
「岡山市北区吉備津」にあった「吉備津神社」が、

備中:吉備津神社(岡山市北区吉備津)
備前:吉備津彦神社(岡山市北区一宮)
備後:吉備津神社(広島県福山市)

というように、
分割してできた「神社」の一つが、
「吉備津彦神社(岡山市北区一宮)」。


「桃太郎伝説」のモデルとなった、
「大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)」は、
「281才」まで生きた「延命長寿の神様」でもある。



詳しくは、
下記をご参照ください。



「吉備津彦神社」は「愛犬同伴NG」

「吉備津彦神社」公式WEBに、「ペット同伴NG」の記載あり。

公式WEB:「ペットを連れてのご参拝や境内地の散歩についてのお願い」
ペットを連れての「ご参拝」や「境内地での散歩」は、
清浄なご神域につき、
ふん尿等の被害による感染症などの拡大防止や、
ペットが苦手な方への配慮のため
ご遠慮くださいますようご協力をお願い申し上げます。


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「吉備津彦神社」とは



Address : 〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043



「吉備津彦神社」は、
もともと「吉備津神社」から分割されてできた「神社」。

「645年」の「大化の改新」により、
「吉備の国」が、「備中」「備前」「備後」の3地域に分割された時に、
「吉備」の国を守っていた「吉備津神社」も一緒に、
「3地域」へと「分社」され、
「備前」を守る神社として、
「吉備津彦神社(岡山市北区一宮)」と「吉備津神社(広島県福山市)」が作られた。

備中:吉備津神社(岡山市北区吉備津)
備前:吉備津彦神社(岡山市北区一宮)
備後:吉備津神社(広島県福山市)


現在も「3つ」の「神社」は、
現存している。


「吉備津彦神社」は、
「吉備の中山」の麓に鎮座し、
「桃太郎」のモデルとしても有名な
「大吉備津日子命」を「御祭神」としている。

「大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)」は、
「大和朝廷」の命を受け、
「吉備の国」を平定したとされており、
その「屋敷跡」に建っている「社殿」が、
「吉備津彦神社」となっている。



「大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)」は、
第7代「孝霊天皇」の第3王子「五十狭芹彦命」であり、
「四道将軍」の1人「西道将軍」でもあるとのこと。


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桃太郎のモデル「吉備津彦」は「延命長寿の神様」でもある



桃太郎のモデル「吉備津彦(キビツヒコ)」は、
「281歳」まで生きたと言われており、
「延命長寿の神様」としても知られる。


第7代「孝霊(こうれい)天皇」の「皇子」として生まれ、
屈強な4人の将軍「四道将軍」の1人となり、
「兵庫県南部」から「山口県」までを征服していた。


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「桃太郎伝説」とは



「桃太郎伝説」は、
当時の「吉備国」の「鬼ノ城(岡山県総社市)」に、
「温羅(うら)」と呼ばれる鬼が住みつき、
周辺の町を支配し始めたのが、始まり。

「天皇」から
鬼「温羅(うら)」の退治を命じられた「吉備津彦命」。
物語の「桃太郎」のお話では、
「猿」「犬」「キジ」が「家来」となっているが、
実際には、

「犬飼健(いぬかいたける)」
「留玉臣(とめたまおみ)」
「楽々森彦(ささもりひこ)」

と言う「3人」の「家来」が御供だったと言われている。


「吉備津彦命」は、
現在の「吉備津神社」に「本陣」を構え、
鬼の「温羅(うら)」と対決し、
しぶとい鬼の「温羅(うら)」を追い詰め、
退治することに成功したことから、
「吉備津彦命」を敬う人々によって語り継がれ、
祭られるようになり、現在の「吉備津彦神社」となっているそうです。



鬼の「温羅(うら)」との対決に登場する舞台には、

Address : 〒701-1341 岡山県岡山市北区吉備津931
「吉備津彦命」の「本陣」
Address : 〒719-1101 岡山県総社市
鬼「温羅(うら)」の本拠地
Address : 〒719-1103 岡山県総社市西阿曽
鬼「温羅(うら)」の目に矢が刺さり、血が流れた川
Address : 〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043
「吉備津彦命」が「鵜」に化け、「鯉」になった鬼「温羅(うら)」を捕えた場所
Address : 〒701-1201 岡山県岡山市北区首部236
鬼「温羅(うら)」の首が晒された場所

などがあるそうです。

矢が目に刺さり、
「キジ」に化けた鬼「温羅(うら)」を
「鷹」に化けた「吉備津彦命」が追いかけ、
逃げ切れない鬼「温羅(うら)」が、
「鯉」に化け、川に逃げ、
「吉備津彦命」が「鵜」に化け、 鬼「温羅(うら)」を捕えたとのこと。

その後、首を切られた鬼「温羅(うら)」は、 首をさらされたそうですが、
死んでも唸り声を上げ続けたと言われています。

頭を動物に食べさせ、骨になっても唸り声は続き、 「吉備津神社」で神事を行い、亡骸を封印したことで、 「唸り声」も収まり、鬼退治が完了したとのことです。



そして、
「645年」の「大化の改新」によって、
「吉備の国」が「3分割」され、
「桃太郎伝説」の「舞台」となった「吉備津神社」も
「3分割」されることとなった。

備中:吉備津神社(岡山市北区吉備津)
備前:吉備津彦神社(岡山市北区一宮)
備後:吉備津神社(広島県福山市)


「吉備津彦神社」は、
「吉備津彦命」である
「大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと)の
「屋敷跡」に「社殿」が建っているそう。


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「吉備津彦神社」の「御祭神」



「吉備津彦神社」は、
平安時代には、
代々の「国司」に崇敬されていて、
「皇室」や、旧岡山藩主「池田家」からも信仰されていた。

「吉備津彦神社」の「境内」には、
「輝武命(池田信輝公)」と「火星輝命(池田輝政公)」がお祀りされている。



「吉備津彦神社」の「御祭神」一覧

御祭神
大吉備津日子命(おおきびつひこのみこと) 第7代孝霊天皇の第3王子「五十狭芹彦命」。
四道将軍の一人「西道将軍」。
相 殿
吉備津彦命(きびつひこのみこと)孝霊天皇の皇子「若建吉備津日子命」
孝霊天皇(こうれいてんのう)第7代天皇であり「大吉備津日子命」の「父」
孝元天皇(こうげんてんのう)第8代天皇であり、「大吉備津日子命」の「兄弟」
開化天皇(かいかてんのう)第9代天皇であり「孝元天皇」の「御子」
崇神天皇(すじんてんのう)第10代天皇であり「開化天皇」の「御子」
彦刺肩別命(ひこさしかたわけのみこと)「大吉備津日子命」の「実兄」
天足彦國押人命(あまたるひこくにおしひとのみこと)第5代「孝昭天皇」の「御子」であり「大吉備津日子命」の「親族」
大倭迹々日百襲比賣命(おおやまとととひももそひめのみこと)「大吉備津日子命」の「姉」
大倭迹々日稚屋比賣命(おおやまとととひわかやひめのみこと)「大吉備津日子命」の「妹」
金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)「鉱山」や「金属業」の「祖神」
大山咋大神(おおやまくいのおおかみ)「山の神」


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「吉備津神社」と「吉備津彦神社」との関係



「岡山県岡山市北区吉備津」にある
「吉備津神社」を分社して作られたのが、
「吉備津彦神社」と「吉備津神社(広島県福山市)」。

645年「大化の改新」によって、中大兄皇子(天智天皇)が、 当時の政権を握っていた「蘇我入鹿」を暗殺し、
「蘇我氏」を滅ぼした政治的な出来事の後、 各地の法整備と地方の改革も行われ、
「吉備」の国が、「備中」「備前」「備後」の3地域に分割された。

その際に、
「吉備」の国を守っていた「吉備津神社」が3地域に分社され、
「備前」を守る神社として、
「吉備津彦神社(岡山市北区一宮)」と「吉備津神社(広島県福山市)」が作られた。
分社した後の関係は、下記のようになっています。

備中:吉備津神社(岡山市北区吉備津)
備前:吉備津彦神社(岡山市北区一宮)
備後:吉備津神社(広島県福山市)


Address : 〒701-1341 岡山県岡山市北区吉備津931
2018年ぐらいから「愛犬同伴NG」となったとのこと。
Address : 〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043
1697 年に本殿が再建され、残りは 1936 年に再建された神道の建造物。
Address : 広島県福山市


「吉備津神社(岡山市北区吉備津)」と「吉備津彦神社(岡山市北区一宮)」は、
直線距離で「1.5km」程しか離れておらず、
名前も似ている。


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「吉備津彦神社」への「アクセス」



Address : 〒701-1211 岡山県岡山市北区一宮1043



「吉備津彦神社」の「最寄り駅」は、
JR吉備線(桃太郎線)「備前一宮駅」から
「徒歩」で「約300m」ほどの距離。


「車」でアクセスする場合は、
「50台」ほどは収容できる
「吉備津彦神社 参拝者駐車場」を利用できる。


Address : 吉備津彦神社 参拝者駐車場




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