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「甲斐善光寺」と「信州善光寺」の関係



「甲斐善光寺」と「信州善光寺」の関係性

善光寺には、「甲斐善光寺」と「信州善光寺」がある。


「甲斐善光寺」は、戦国の武将「武田信玄」が「信州善光寺」の焼失を恐れて作ったお寺。 本尊などを「甲斐善光寺」へと移したのが始まり。
創建は永禄元年(1558)。


その後、「武田信玄」の死後、「徳川家康」が本尊などを「信州善光寺」へと戻したとのこと。


歴史的関係性はあるが、現在は特に関係はなさそう。




信州善光寺とは




信州善光寺は、無宗派の単立寺院で知られている。
日本最古と言われる「一光三尊阿弥陀如来」を本尊としている。
江戸時代の末には、「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになっていたとのこと。
住職は「大勧進貫主」と「大本願上人」の両名。




甲斐善光寺とは




武田信玄が、信州善光寺から本尊を移すために作られたお寺。
武田信玄の死後、徳川家康によって、本尊などは信州善光寺に戻される。
その後、甲斐善光寺は、そのまま残り現在に至る。

甲斐善光寺の正式名は、「定額山浄智院善光寺」。
本尊は、銅造の「善光寺如来像」と木造の重文阿弥陀三尊像。
銅造の「善光寺如来像」には、建久六年の銘があるとのこと。
金堂と山門は、重要文化財指定。
金堂は寛政八年(1796)の再建されている。
宝物殿には、「法然上人」「源頼朝像」「熊谷直実像」などが、安置されている。